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業界インタビュー

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清本多恵子さん

「宮城県建築士会女性部」会長。
1990年「宮城県建築士会女性部」が発足し、今年で25年目を迎える。現在、一級建築士として地元宮城県の企業で建築確認・現場検査業務を行う傍ら、「宮城県建築士会女性部」の活動を精力的に行う。
1人でも多くの女性技術者が社会復帰できる機会や未来を担う子ども達と建築の繋がりを目的とした「お泊まり研修会」や、東日本大震災で失った住まいを間取り図として甦らす「記憶の中の住まいプロジェクト」など、地元に密着したプロジェクトを実施。
建設業と地元宮城の繋がりについて、精通した先駆者。

失った家と、「文化と伝統」を甦らす

宮城県建築士会女性部の歴史と活動内容をお伺いできますでしょうか?

 清本多恵子さん

1989年12月に全国女性建築士連絡協議会が発足した翌年、1990年7月に宮城県建築士会女性部が発足しました。私が入会したのは1991〜1992年頃だったかと思います。宮城建築士会は現在約1,500名在籍し、そのうちの100名弱の会員で女性部は活動しています。

今までの活動内容としては、折り紙建築や子供たちに未来の模型を作ってもらい建築を使って教育する「建築と子供たち」、アトピーやアレルギーの子どもたちに優しい家を考える「からだにやさしいいえ」、指定文化財などに登録されている歴史的建造物を子供たちと見学する「お泊まり研修会」、ステッカーを作成しその基金で被災地見学をしてもらう「心はひとつ作戦」(宮城県建築士会青年部との合同プロジェクト)など様々な活動を行っています。

「記憶の中の住まいプロジェクト」についてお聞かせ下さい。

清本多恵子さん

2014年3月に始めたプロジェクトで、東日本大震災で失った家を間取り図として甦らせるという取り組みです。
やっぱり、流されてしまった家の話を聞くことはある意味残酷で、かえって苦しめてしまうことなにるのではないかと思いました。
しかし、聞き取り調査をしていく上で、苦しいことを胸に秘めるのではなく口に出して誰かが聞くということは、被災した方の気持ちを軽くるすることができる効果がありました。

今年の4月に宮城県東松島市大曲の住民の方8名に聞き取りを行い、間取り図を作成しました。
お話を聞いていく中で、住居のことはもちろんですが、漁業の人が釣った魚を配り農業の人が野菜を配る”もらいものの習慣”があったことや鍵をかける習慣がないほど安全だったこと、バスの本数は少ないがそれが当たり前で全く不便ではなかったこと、獅子舞が有名だったこと...この活動を通して失った家だけではなく「文化や伝統」を甦らすことができました。

聞き取りをしていくことで、その集落がどんな生活をしていたかが分かり伝えられる。今後もこの活動を通して、暮らしや文化を失われないような復興を目指したいですね。

大切なことは、復旧ではなく復興

東日本大震災の被災状況について、清本さんのご意見をお聞かせください。

清本多恵子さん

震災前、平成14年頃から昭和56年以前の建物を対象に仙台市の戸建て木造耐震診断・改修工事を行っていました。99%の確率で来ると言われていた「宮城県沖地震」で少しでも犠牲者が少なくなるようにと思っていました。
でも、実際には津波被害や宅地の被害...耐震改修工事が無駄だったとは思いませんが、災害への想定が不足していたと言わざるを得ませんでした。

耐震工事を行った建物自体は、実は地震ではびくともしませんでした。しかし地盤が悪く、地盤ごと建物が傾き全壊扱い。その上津波もきてしまい、建ったままの建物がそのまま流されてしまったのです。
建物の耐震も必要だが地盤も考えるべきだった、今回の災害は想定外だと言われていますが、私たち建築士の想像力の低さに問題があったのではないかと私は思います。

震災後は次の震災前。今回の東日本大震災の経験を元に、今後起こる地震に対してしっかりとした備えをしていくことが重要だと思います。

現在の宮城県の復興状況についてどうお考えですか?

東日本大震災からまもなく4年になります。仮設住宅でお住まいの方は既に限界を迎え、1日でも早く本当の住宅に住むことを望んでいます。

宮城県沖では防波堤の工事が進んでいますが、その背景で山や自然が崩されています。もちろん今後のことも考え防波堤を作ることは必要になってくると思いますが、未来のことを考え「自然との調和を考えた復興」も必要なのではないでしょうか。これからの宮城県、これからの日本全体がどのように復興していくか、未来の子供たちにどう自然を残していくか...目の前の被災地の復興だけではなく、全国の皆さんが一緒に”持続可能な未来”を考えるべきだと思います。

また、私たちが行う「記憶の中の住まいプロジェクト」と繋がりますが、防波堤を作る・壊れた建物を元に戻すなどの【復旧】ではなく、昔あった文化や伝統をしっかりと後世に伝える【復興】が大切だと思います。被災地ではまだまだ復旧活動が優先されてしまっている現状がありますが、今後は【復興】を精力的に行い日本全体で未来を考えていく必要があると思います。

女性が社会復帰するために必要なリハビリ期間

建設業で働く女性にとって、いまどのようなことが必要とされていますか?

やっぱり、どの仕事でも女性が働くとなったときに考えてしまうのが「出産」だと思います。子供を産んで育てる、そのことをきちんと保護する環境がなければ女性は活躍できないと思います。いま建設業に必要なのはその環境ではないでしょうか。

子供を産んで育てる、そうなると一時期は必ず職場を離れなければいけません。特に建設業は、ちょっと離れてしまうと技術も法律も変わってしまうので戻りにくいということもあると思います。何かその間のハンディキャップを埋める、リハビリ期間などもあってもいいと思いますよ。

また、女性が建設業に就職しにくいという現状もあると思います。5年前の話ですが、講演会でとある工業高校の先生のお話を聞く機会がありました。そこでお話されていたのは、その工業高校は男女比は半々ですが圧倒的に女性の方が成績は良いのに、いざ就職活動となったら男性の方がしやすかったそうです。また就職面接の時に、女性の生徒に「いつまで働くの?」と聞いた企業もいたというのです。
その質問自体全くナンセンスですが、その企業ではなく社会全体が女性の雇用に関してもっと考えるべきだと思いますね。

清本多恵子さん

今後、建設業界を目指す未来の若者へメッセージをお願いします。

私は、もともと建設業に精通している訳ではなく普通科の高校を卒業し、いろいろな仕事を経験し工務店や設計事務所などで働きながら資格を取り、現在に至ります。
今「なぜ、私が建築の世界にいるのか?」と思うと、建築の世界も建物(ハード)だけではないと思います。

環境、住まい手の想い...。人の話をよく聞き、理解しようと思って仕事をしてきたように思います。

このインタビューを通して、私たち宮城県建築士会女性部の活動や東日本大震災のリアルな現状を、少しでも多くの皆さんに伝わればと思います。

~取材を終えて 編集後記~

今回は貴重なお時間を頂き、宮城県建築士女性部の活動の内容を中心にお話をお伺いしました。やはり話題の中心となったのは、建築と東日本大震災の関わりについてのお話でした。私自身今回のインタビューの際に宮城県の荒浜へ足を運び、実際の被災地の現状を見てきました。

清本さんが「被災地の現状をしっかり伝えて欲しい」とおっしゃっていたのが、今でも印象に残っています。堤防を作り津波対策をしている裏で自然破壊が起きている、今でも宮城県のニュースや新聞で東日本大震災の報道が行われている…関東と東北の情報の差を実感し、決して東日本大震災を風化させてはいけないと思う建設×女子部でした。

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